公共交通・旅行系自主制作誌 この10年

 「東京のりもの学会 第10回開催記念誌 TIPT TRANSACTIONS」(2007年5月発行)に掲載された記事のhtml版です。
 「東京のりもの学会」は鉄道、バス、民間航空、船舶、そして旅行~コミックマーケットで言うところの「609ジャンル(ミリタリー系除く)」~を主な範囲とする自主制作誌やグッズの即売会です。このジャンルは急激に消長することは無いのですが安定しており、現に東京のりもの学会も、徐々に参加サークル数を増やしながら10回目を迎えることが出来たのですが、ではこの10年、このジャンルではどのようなムーブメントがあり、消えていったのか?について、毎回コミケで延々とジャンル内の各サークルに挨拶して廻っていた私広報担当が、独断と偏見で述べてみたいと思います。

 あくまでも私見ですので、そのあたりはご承知おきいただければと思います。また、あえて具体的なサークル名、誌名は出しませんので、各自ご想像ください。

1:総論

1-1:サークル数推移

 10回を数えた東京のりもの学会のサークル数の推移を下図に示します。のりもの学会でジャンル分けをしたのは第2回(Web掲載のための参考登録で、ジャンルの重複申告を認めていたため、グラフには掲載せず)と第5回以降ですので、第5回以降に限っての大まかな傾向としてみていただければと思います。参加サークル数は抽選を行った第4回以外は第7回までずっと右肩上がりで、以後第9回まではほぼ安定し、第10回は休止のアナウンスをしたためか急増しています。これは東京のりもの学会の知名度にもよるのでしょうが、このジャンルが安定した参加サークルを持っていることを示しています。これは抽選のあるコミックマーケット等でも変わらず、概ね推定総サークル数は、200~250サークル前後へと、ずっと緩い増加傾向にあるようです。

ジャンル別参加サークル数推移

 サークルの入れ替わりですが、概ね5年程度連続して参加、活動するサークルさんが多いようですが、中にはわずかですが、東京のりもの学会でも第1回から皆勤賞のサークルさんもおられます。

 第5回以降のジャンル別配置について分析してみますと、毎回鉄道が約6割を占め、以下、旅行、バスの順となっていますが、旅行は増加傾向、バスは微減の傾向が見受けられます。模型等は8サークル程度でほぼ安定しており、民間航空、船舶については各回それぞれ3サークル以下、という状況です。

1-2:印刷物の傾向

 インターネットとPCの普及・高性能化の著しかったこの10年で、同人誌の作り方は大きく変わりました。10年前でもPC+ワープロソフトによる編集は十分可能でしたが、DTPソフトやデジカメの普及により、印刷会社への完全電子入稿すら現実のものとなっています。このため、発刊される同人誌の印刷品質は、著しく向上したものが増えたほか、カラープリンタの高画質化・低価格化に伴い、カラー印刷を多用したものも増えました。一方で、公共交通・旅行系の同人誌には、現在でもまだ手書きコピー誌もかなり残っているのが大きな特徴で、これは紙面編集が勝負となるイラストや漫画主体ではなく、文章+写真が主体であることの多い当ジャンルの大きな特徴といえるかもしれません。

 内容についてですが、インターネットの普及により、情報収集、発信がWebでかなり自在に出来るようになり、特に速報性を目的とした同人誌は発行しにくくなったのは間違いないようです。また、マイナーなテーマの同人誌も出しにくくなった可能性があるのですが、ここらへんの発刊する、しないの差は、個々のサークルの情報リテラシーの差に由来するかもしれません。逆にインターネットのオンライン情報のオフライン化、というサークルさんもいくらかおられます。

1-3:参加者

 本節では東京のりもの学会の参加者層について分析してみます。同人イベントの参加者にはサークル参加者と一般参加者がいますが、背景となるデータとしましてはサークル参加者につきましては第10回の出展参加申込書を、一般参加者につきましては第9回開催時に任意でご記入・ご提出を頂きました一般参加者アンケート(回収数106)を用いています。

 まず、参加者の年齢層についてですが、サークル参加者については出展参加申込様式(41ページ参照)には「年齢」の記入欄があるものの、この項目は書類不備の時に確認を行うなどといった目的で設けている欄であり、このため書面での申込分については出展参加申込データベース(34ページ参照)への入力を行っておらず、集計はできませんでした。オンライン申込についてはデータベースに入りますが、オンライン申込分だけの集計では意味が無いため掲載いたしません。

 一般参加者についてはアンケート提出分に限られますが表1のような年齢層分布になっています。参考として「コミックマーケット30'sファイル」よりコミケットにおけるサークル代表者の年齢別分布を掲載しておきますが、これらを見比べる限り参加者の年齢層は比較的高いと言えそうです。

表1:第9回 一般参加者年齢分布(アンケート回答より)
年齢層年代別一般参加者数(参考)年代別コミケットサークル代表者数
10代以下01,659
10代5
20代4220,554
30代4713,311
40代111,527
50代以上1
 参加者の性別(男女比)についてですが、鉄道系ジャンルが中心であるという性質上男性が圧倒的に多いというのは言わずもがなとしても、東京のりもの学会では出展参加申込様式に性別の記入項目が無いため、サークル参加者については性別について正確な集計を行う事が出来ません。

 一般参加者について第9回のアンケートで記入があったものについて数えると男性87、女性2という極端な男女比となっていますが、実際に会場内を見渡す限りではここまで極端な男女比ではないように見受けられ、また、サークル参加者については男女比は一般参加者に比べ男女比の偏りは少ないものと思われます。

 参加者の居住地域についてですが、表2の通りとなっています。関東地方以外では特に愛知県と大阪府からの参加者が比較的多いようです。また、一般参加者に比べサークル参加者の方がより幅広い地域からの参加が見受けられ、地域的な偏りはやや少なくなっているようです。
表2:サークル/一般別参加者居住地域分布
第10回申込者数第9回一般回答数
東京都23区2833
東京都市郡部115
神奈川県1720
千葉県812
埼玉県169
茨城県15
栃木県11
群馬県22
愛知県75
大阪府95
北海道1
東北7
甲信越22
北陸2
東海(愛知県以外)81
近畿(大阪府以外)94
中国
四国
九州1
沖縄県

2:鉄道系

2-1:「研究誌」「職鉄本」の衰退

 本章以降、ジャンル毎の傾向について考察します。

 まず、このジャンルの主なところである「鉄道系」については、比較的大きな変化がありました。

 このジャンルは元々、大学鉄研や趣味団体の研究誌を発祥とし、その流れ、あるいはモデルとしての研究本が数多く出されてきました。具体的には旧国鉄車の運用解析や、切符本ですが、このような本はこの10年あまり広がりをみせなくなってしまいました。先にあげたインターネットの普及も理由に挙げられるでしょうが、最大の理由は、この10年で猛烈な勢いで出版されるようになった商業誌によるものと思われます。商業誌がそれこそ重箱の隅をつつくようなネタまで出版するようになってしまい、同人誌の存在意義と新たな発行意欲を減退させてしまったと思われます。また、同時にこの手の本の重要な発行元であった「大学鉄研」そのものが、この10年で消滅といっていいほどに激減してしまった、という大事件も見逃せないかもしれません。

 もう一つの大きな変化は、いわゆる「職鉄本」です。鉄道事業者の職員が趣味で自らの会社や職場の面白い話を紹介するというスタイルの「職鉄本」は、鉄道会社の内幕を知るという同人サークルでしか出来ないジャンルでしたが(鉄道に限らず、例えば医療関係などでも職場本は見受けられます)、2000年以降、いわゆる企業の「コンプアライアンス」「情報管理」の浸透により、発行自体が極めて困難になったようです。なかには発行したことで職自体が脅かされたケースも発生したようで、結果このような職鉄本は急速に消え、残っているサークルも、かなり厳しい情報管理を強いられているようです。ただ、これは自らの職場の話をするからいけないのであって、鉄道会社の職員さん自体のサークル活動が消えたわけではありません。逆に別の方向に~たとえばスルットちゃんとか~に昇華したケースもあります。

2-2:「スルットちゃん」「鉄娘擬人化」のブレイク

 一方、この10年で鉄道系に新たに登場したテーマといえば「スルットちゃん」と「擬人化」の二つをあげることができます。

 スルットちゃんはご存知のとおり、1996年に登場したスルットKANSAIのマスコットキャラですが、このマスコットキャラがかわいい女の子(魔女)であったことから、これを「萌え」の対象とする新たな創作活動が生まれました。しかも、これを契機にこのようなマスコットキャラが全国の交通事業者に波及発生し、それだけネタの対象が増えた、ということも見逃せないでしょう。この結果は、2005年から毎年3月に開催されているオンリー即売会「おでかけしよーよ!」に結実するまでになりました。スルットちゃんの場合、元がマスコットキャラの為、同人誌に「マンガ」「イラスト本」が多い、というのが最大の特徴となっています。

 もう一つのテーマは「鉄娘擬人化」。元はミリタリー系の「メカ娘」が発祥と思われるのですが、これを鉄道車両に適用したインターネット上のイラストサイトがブームに火をつけました。鉄道車両の擬人化は遥か昔からあるのですが、これまでの擬人化が、「ヒトの体に電車(の先頭部)の頭」一般的だったのに対し、新たな鉄娘系の擬人化は、素体や顔はあくまでも人間(女の子)で、「鉄道車両の気ぐるみ(コスプレ)を着せた」という形になっているのが最大の特徴です。発行される同人誌も漫画よりも「イラスト本」が多いのもある意味必然といえるでしょうね。こちらも2005年9月以降の「鉄娘ファン」「鉄娘ジャーナル」というオンリー即売会に結実しています。ただ、擬人化の手法に各論があるらしいのと、そもそも鉄道系ではイラストレーター(つまり絵師ですね)が決定的に少ないという問題があり、サークル数が急速に拡大するまでには至っていないようです。

2-3:「音鉄」「DVD」「廃線跡」

 もう一つ、鉄道系で興味深いのは、同人活動では「写真集」が殆ど出ず、列車走行を録音した「音鉄」や「前面展望ビデオ」を初めとするビデオのサークルが安定した活動を行っていることが挙げられます。特に、映像系の充実はやはりこの10年間の話で、これは10年前にはほぼCD-Rのみだった配布メディアにDVDが加わり、頒布活動がしやすくなったことが背景に挙げられるようです。ただこちらも、近年商業ベースでのCD、ビデオの出版が相次いでおり、ブレイクするまでには至っていないようです。一頃は「鉄道シミュレータ」のようなオリジナルゲームの頒布や、その関連でいわゆる「架空鉄道」もののサークルもあるようですが、大きな流れにはなっていないようです。

 最後に、これは同人誌商業誌問わずにこの10年で安定しているテーマが「廃線跡」です。廃線跡の探訪記は旅行記にもしやすく、そこそこの数の同人誌、同人サークルが活動されていますが、これもまた商業ベースの書籍の充実がすさまじく、そのあおりを受けてしまっている感が否めません。

3:バス系

 さて、609ジャンルでこの10年で大きく伸張したのは、バスの同人誌でしょう。元々、バスの商業ベースの趣味誌はようやくこの10年である程度発行が始まった、といっていい状況であり、ちょうどサークル活動自体も古来のサークルに加え新規参入組みが入る形成期にあったようです。「東京のりもの学会」はその活動の数少ない「場」として認識されたようで、結果のりもの学会では様々なバスの同人誌が見られるようになりました。内容も基礎データである時刻表から、運用、バスのモデル解析、方向幕といった研究誌が主体であり、まさにかつての鉄道同人サークルの活動を見ているようです。今後の拡大発展が期待されますね。

 東京のりもの学会とは直接関係ありませんが、のりもの学会の開催に合わせ、非常に特徴的な~ラッピングやバス形式など~を都産貿まで貸しきる、なんてサークルさんもおられるようです。このようなバスツアーが出来るのも、バス系サークルの強みかもしれません。

4:民間航空系、船舶系

 一方、逆に10年間殆ど伸張しなかったのが、民間航空と船舶です。これは、元々これらのジャンルが軍用機、軍艦、つまり同じ609ジャンルでも「メカ・ミリタリー」と深い関係があり、その一部と認識されていた面があるようで、公共交通の視点から見ると極めて限定的な範囲に留まっている事は否めません。

 商業誌のある民間航空はともかく、船舶については商業誌も見当たらない為か、同人誌でもむしろ旅行系に含まれている方が充実しているようです。

5:模型系

 鉄道系でどうしても無視できないグッズに「鉄道模型」があります。この10年で鉄道模型もまた、多くのガレージメーカーが生まれ、販路を拡大していましたが、のりもの学会においても、数こそ少ないもののオリジナルパーツやキット、ステッカーを発行頒布しているサークルが継続参加しています。主にガレージメーカーですら扱わないマイナー系や、パロディ物を扱っているようで、同人サークルの活動そのものといえるかもしれません。また、2000年頃に登場した小型レイアウト規格「路面モジュール」を展示アイテムとして活用するサークルさんもおられます。東京のりもの学会の最初の数回は、のりもの学会を鉄道模型の運転会や古物市と勘違いされるサークルさんもおられましたが、2000年に始まった鉄道模型の大規模イベント「JAMコンベンション」が発展したこともあり、このような動きはその後なくなっています。JAM自体は、西ホールのみですがコミケと夏のお盆前後の日程の取り合いをするまでに発展しており、少々うらやましいですね。

6:旅行系

 旅行記を主体とする旅行系の同人サークルにとってのこの10年最大の事件は、コミケット60(2001年夏コミ)以降における「評論・情報」ジャンル(旧ジャンルコード16)から「鉄道・旅行・メカミリ」(ジャンルコード609)への「国替え」でしょう(表3参照)。

表3:新旧ジャンルコード補足比較(コミックマーケット出展参加申込書より)
旧ジャンルコード16(C59)
評論・情報:
批評・イベント・飲食物・服飾・郵便・旅行・医療・ドール
現ジャンルコード106(C72)
評論・情報:
批評・イベント・飲食物・郵便・医療・育児・体験談
旧ジャンルコード69(C59)
鉄道・メカミリ:
バス・モータースポーツ・おもちゃ・ガレキ・車・バイク
現ジャンルコード609(C72)
鉄道・旅行・メカミリ:
バイク・バス・車・モータースポーツ/おもちゃ・食玩/ガレキ・カメラ・無線機
 当初はかなりの違和感があったようですが、現在は安定した活動をされているサークルさんが多いようです。その最大の成果としては、1999年11月及び2002年2月のコミティアで開催された旅行系サークルの合同パネル展示「旅行合同企画」でしょうか。

 旅行系といっても国内/海外、あるいは交通手段など、内容は非常に多岐にわたるため、傾向を述べることは難しいのですが、海外では「スポーツ観戦記のついで」の旅行記がちらほら見られるようになったほか、お茶や鉱石コレクションの関連としての旅行記もそれなりにあるようです。一方、国内旅行では、これまでの博物館、神社仏閣めぐり系に加え、「道の駅」「国道」が新たな対象として目に付くようになりました。どちらもツーリング系の趣味といえるのですが、道の駅や国道そのものが対象となるのはこれまでにないことで、趣味もここまで来たかという感があります。

7:おわりに

 コミックマーケットのジャンル一覧の推移を見ると判るのですが、公共交通や旅行系の同人活動はきわめて息が長く、流行に流されにくい、安定したジャンルであるといえます。本稿では「この10年」として紹介いたしましたが、もちろん、私たちQDATが東京のりもの学会を開催する前から、このジャンルには長い歴史があります。東京のりもの学会以前の状況ついては残念ながら把握・分析できませんでしたので、他の皆さんにも考察していただければと思います。
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QDAT東京のりもの学会東京のりもの学会第10回開催記念誌 TIPT TRANSACTIONS公共交通・旅行系自主制作誌 この10年

Published on 2007/05/04 / Last updated on 2019/08/01
東京のりもの学会 : tipt@qdat.jp